コラム『カシオペイア』(アーカイブ)第93号
なぜ山に登るのか
徳田真彦(大阪体育大学)
2022.3.2
「なぜ山に登るのか」、こう問われたら皆さんはどう答えますか。
イギリスの登山家ジョージ・マロリーがニューヨークタイムズの記者に答えたとされる「そこに山があるから(Because it's there)」という答えは非常に有名ですね。今回なぜこんなテーマを設定したかというと、猟師の友人に問われてうまく答えることができなかったからです。
先日私は、猟師の暮らしや猟師のもつ自然観や死生観について知りたく、昨年の研修で知り合った、猟師をしている友人の生活に密着しました。なぜ猟師の暮らしに興味を持ったのかというと、私は大学で、四季折々の様々な野外活動を行っていますが、冒険的な要素を含む活動に偏っており、自身の「自然」に対する価値観や視野を広げたいという想いがあったからです。また野外教育という、教育を目的として野外活動が扱われ、何かアクティビティやプログラムをすることや、その効果を示すことが大切である、というような風潮がある事にも、少し違和感を持ち始めていました。いずれにしても、自身が専門とする「野外教育」への理解をもっと深めたいと思ったわけです。野外教育という「自然を教材として扱う教育」という観点から考えると、その教育を最も受けているのは、農業や林業、漁(猟)業など、常に自然と共に在り、生計を立てている方々であるだろうと思いました。ある意味究極的な野外教育の体現者である、彼らの持つ自然観や死生観、ひいては野外教育への考えとは一体どんなものなのだろう、そんな知的好奇心からの密着でした(この狩猟の話を始めるとテーマから逸れてしまうので、これはまたの機会に)。
その友人と共に、焚き火を囲みながら話をしていると、「今年登山をすることを目標にしようと考えている」と言い始めました。さらに続けて、「自分にとって山に登るというのは猟に行くことであって、山に登ることを目的にするのはどこかもったいない気持ちがある。でも一回やってみたいという気持ちがある。ルーはよく山に登ってるみたいやけど、なんで山に登るの」と言うのです。問われた瞬間に「景色がきれい」、「リフレッシュ」、「体力向上(健康増進)」、「達成感」など、自身の感じている効果やメリットのようなものはすぐに思いついたのですが、生きていくために山に入っている友人の「山に入る理由」を考えると、彼に登山の魅力を存分に伝えられる答えを見つけることができませんでした。ちなみに、一般登山者の登山動機として「自然発生」、「精神的充実」、「自然との関わり希求」、「懐古・取り戻し」、「他者からの働きかけ」、「身体づくり」という6つを挙げている研究もあります※1。この研究結果に対して納得する部分もあれば、もっと多くの動機や言葉にできない答えもあるのではないかと、探したくなってしまいます。遺伝子レベルで刻まれた人間の本能的なものに答えがありそうな気もしますし、宗教やスピリチュアル的なものなのかもしれません。身体的・心理的な欲求かもしれないですし、ただ生活を成り立たせるための手段でしかなかったのかもしれません。今では友人がただ何気ない気持ちで問うた質問が、実は「野外教育」の本質を突いた質問であるようにも思えています。答えは複雑なようでシンプルなようにも思えますし、シンプルな答えの裏には自然や野外という環境への深い理解が必要な気もします。もしかすると、私にとって生涯の問いになるかもしれません。
今回狩猟をする友人と生活を共にし、彼らの調和的な考え方や生活から、野外教育という概念が野外や自然から学べる事の範囲を逆に狭めてしまっているのではとも感じながら、未だ「なぜ山に登るのか」という問いが頭をぐるぐる回っています。これは、「なぜ自然に入るのか」、「なぜ野外教育なのか」という問いに変えても良いと思います。皆さんはどう答えるでしょうか。そこに自身が今行っている活動の本質的な答えがあるのかもしれません。
最後に皆さんにも問います、あなたはなぜ山に登りますか。
※1:岡本・藤原(2015):登山行動に関する社会心理学的研究-登山動機の構造とその変遷-,関西学院大学社会学部紀要,120,167-180.