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コラム『カシオペイア』(アーカイブ)

コラム『カシオペイア』(アーカイブ)第67号
ひとりの時間
桜井 義維英

2021.8.18

自然体験活動とか、野外活動とか、キャンプとか、名前は何でもいいのですが、私たち大人が子どもたちと自然の中で何らかの活動をするとき、つい、『プログラム』を考えていませんか。それはある意味、当たり前のことですね。
しかし、自然なことでしょうか。
何時から何時までは、川遊びの時間。そして次は、ご飯を作って、何時からはキャンプファイヤー…といった具合です。
これ、ちょっと考えてみてください。
小学校の時間割のようではありませんか?


教育キャンプは、長らく、学校の先生や大学の先生が行ってきたからでしょうか。このように、時間割に科目を当てはめていくように、活動を当てはめていく方法が主流になっているのではないでしょうか。
この方法が悪いとは思いません。
しかし、この方法だけでいいのでしょうか。
子どもは、もっと自然の中で自由に、好きなことをする時間があってもいいと思うのです。
こういうお話をすると、色々な方から「うちはずっと前から、プログラムなんか考えないで、子どもたちがしたいことをするようにしている。」という声が聞こえてきそうです。
確かにそのような団体も多くあることも存じ上げています。
さて、そんな中で私が申し上げたいのは、
時間に縛られることなく、また、みんなで…ということにも縛られることなく過ごす時間があってもいいのではないかということです。
学校の時間割というのは、 ‘決められた時間の中で’ ‘みんな一緒に’ ということが基本です。
決められた時間の中でプログラムをするのではなく、子どもたちに任せて活動をするということがあっても、‘みんな一緒に’というのが多いのではないでしょうか。
私も、いつ来てもいつ帰ってもいいというキャンプを行っていた時、前の日の夜に、明日何をするかを子どもたちに考えてもらっていました。
しかしそれは、みんなで相談して、みんなで何をするかを決めるというものでした。
したがって、したいことを我慢する子もいました。
しかしひとりひとりが勝手に色々な活動をされては、収拾がつかなくなります。安全管理も難しいでしょう。
少し話題を変えましょう。
皆さんは、「ソロ」というプログラムをご存知でしょうか。
一定時間、時には数日にわたって、山中でひとりで過ごしてくるというものです。
私もOBSでこのプログラムを体験しました。
そして、国際自然大学校で「ビバーク」というプログラムに発展させました。
ソロは、とにかく過ごして来いというものだったと思うのですが、ビバークは、自然の中で数日を過ごす間、いくつかの課題を行ってもらいます。
この課題を出したことで、やることは同じようでも、明らかに目的が違う活動になりました。
ビバークとは、今後の人生の中で、他者のためにどのようなことをしなくてはいけないかを考える活動となったのです。
もちろん、空腹感や孤独感、寒さというものを体験しながらとなります。
課題については、書き始めるととても長くなってしまうので、国際自然大学校の人たちが持っているアウトフィッターマニュアルというのを見せてもらってください。
さて、はじめにお話しした、時間にはめ込むのでも、みんなで…でもない活動ですが。
安全管理上は大変難しいことです。
ただ、こう考えるのはいかがでしょう。
ひとりで…というと、ひとりで何をしてもいいと思いがちですが、ひとりで行うプログラムを考えるということ。
時間にはめ込むということは、確かにある一定の時間の中で行うのですが、本人がその時間を認識できないようにするというのはどうでしょう。
それは、ひとりで活動するときに、時計をしないで活動をするということです。
ひとりで、こういうことをしてくださいというプログラムを、時計を持たずに行ってもらうのです。
すると、現実的に本人は、いつまでこの活動をするのかわからなくなります。
そして、みんなでということもなくなります。
ビバークというのはそんな風にして生まれたのです。
そしてこのビバークを、小学生にどのようにブレイクダウンしたかというと、サイレントタイムという活動にしました。
時間は、先生が笛や鐘を鳴らすまでの時間。
ひとりで、グランドのどこかに、西の方に向かって座る。夕暮れ時ですから、夕陽を見ることになります。
何もしなくていいから、一日楽しかったことを思い出す。それから、誰かにしてもらった、うれしかったこと、ありがたかったことを思い出す。考える。これがすることです。
これは、学校で行うには大変難しいことでした。何もしないということを保護者に説明しなくてはいけないからです。
その時校長先生が考えてくださいました。このプログラムの名称は、『計画的無計画な時間』ですと。
素敵な校長先生でした。
子どもたちは夕暮れ時のひと時を、時間の枠にはまることなく、ひとり静かに物思いにふけることができました。
もちろん、もぞもぞする子も多くいました。しかしその時間を他のどの時間よりも豊かに過ごす子がいたことも事実です。
このようにひとりで過ごす時間を、活動のどこかで、一日の中のどこかで作るのもよいのではないでしょうか。

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