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未定稿小説『奥山村物語』

未定稿小説『奥山村物語』5

2020.3.8

「先生、あの、育成会のおじさんたちはいつもあんな感じなんですか?」

「ああ、集合場所でお母さんを怒鳴りつけたこともあってね…」

「それでよく子供たちが付いてきますね。」

「まあ、それもあって、参加者が減ってるのかもしれんがね。本人は大切な教育だとおっしゃるもんだから、どうにもね~」

「確かにそれは正論ではあると思いますが。難しいですね。」

「君にも迷惑かけるね。」

「いえいえ、何でもないです。」


キャンプ当日、参加者は、75人になってしまいました。

風邪を引きましたとか、お腹が痛いとか、はては、ちょっと都合が悪くなりました。

そう知った時点で、育成会のおじさんは、ご機嫌が斜めです。

オジサンがご機嫌斜めだものですから、教え子だったリーダーたちはちょっとビクビクている感じがします。

しかし子供たちはそんな事お構いなしです。

元気にはしゃぎまわっています。

福田さんはこの風景を見て、(子供はこうでなくっちゃいけない。大人に飼いならされたような今の子どもは不自然だ)とほほえましく見ていました。

自然の中で、自然な子供を育ててあげないといけない。これでいいんだ。と、思っていた時です。

「こら~!いつまできゃあきゃあ言ってるんだ、きちんと集まって、言われた班ごとに並ばないか!~」と、育成会のおじさんが怒鳴りました。

集合場所全体が、シ~ンとなりました。

松永先生は何事もなかったように、出発のセレモニーに入りました。

出欠を取って、市役所の人のあいさつを受けて、ご家族の人に行ってきますのあいさつをして、それぞれのバスにリーダーを先頭に乗車していきました。

まるで、子供と永遠の別れとでもいうように、ちぎれんばかりにハンカチを振って、涙を流しているお母さんもいます。そうかと思えば、お父さんとどこかに出かけるのでしょうか、おしゃれな洋服を着てさっさと車に乗り込んでしまうお母さんもいました。


そんな風景を見ながら、福田さんは、(子供のキャンプは一筋縄ではいかないかもしれないな~)と思っていました。


キャンプは、松永先生に伺った通りに展開していきました。

福田さんのイメージと少し違ったのは、結構体育会系というか、軍隊調というか、そんな感じで毎日が進んでいったということです。

かの、育成会のおじさんが、ほとんどのシーンを仕切っています。

他の育成会の人たちは、食料の配布の段取りをして、あとは、本部テントでお茶を飲んでいることが多いのです。

そのおじさんだけは、集合や、色々な指導を計画書を無視して進めていきます。

準備の段階でしていた役割の人が説明を終わった後に再度出てきて、もう一度、「いいかお前たち…」と同じ説明を繰り返すこともしばしばでした。

とはいえ、リーダーたちは一生懸命に子供たちの面倒を見てくれ、楽しいキャンプがあっという間に終わりました。

雨に降られることもなく、福田さんが、 正直拍子抜けするほど、お話を聞いた通りにキャンプが進んだのです。

まるで、昨年と同じキャンプを、劇か何かで再演しているのではないかと思うほど、先生から聞いたようにキャンプが進んで、終わりました。

出迎えのご家族は子供を見て、出発の時以上に涙ぐみ、それに誘われて子供たちも涙ぐみ、リーダーも涙ぐみ、みんな涙ぐんでいました。

しかし福田さんはこの涙が唯一イメージとは違ったことに気が付きました。

先生からお話を伺ったときは、リーダーと子供たちが別れがたく、一緒に過ごした2泊3日の体験を惜しむように抱き合って、涙ぐむのかと思っていました。

しかし現実は、子供はご家族と、そしてリーダーはリーダー同士で抱擁をして涙しているのです。

なにか、2泊3日のキャンプを無事乗り越えて、普段の生活に戻れることを喜んでいるように見えたのです。

福田さんは、その疑問を、打ち上げのときに松永先生にぶつけてみました。

すると松永先生は「そうか、今までそんなこと考えてもみなかったな。」と、首をかしげていました。


まあ、秋の思いで会で様子を見ましょうということになりました。



奥山村の説明会

千代田市子どもキャンプから帰ってみると、奥山村キャンプのほうは大変なことになっていました。

なんと48人の募集に対して、100人を超える応募があったのです。

仕方がないので、抽選会を急きょ開催して、参加者の48人、キャンセル待ち5人を決めました。


そんな喜びもつかの間、すぐに陽子さんと一緒に奥山村に説明に行く日になりました。

平野君も一緒に行くといってくれて、3人で説明に行くことになりました。


説明会は節子さんの旦那さんの勉君が準備してくれました。

公民館に30人近くの村の人が詰めかけています。

しかし会が始まるころには、奥さんたちも集まり始め60人近くになりました。

しかし、説明会の会場には初めからいた30人ぐらいの人がいるだけです。福田さんは「あとのお母さんたちは?」と勉君に聞くと、「夜の宴会の準備ですよ。」と答えてきました。(なに、そっちの方が重要なの?)と思い苦笑しました。


説明会の進行台本も平野君が作ってくれてありました。

勉君はそれを見ながら進めていきます。

まず初めに福田さんが、その思いを語りました。

「今の東京の子どもたちには故郷がありません。というより、このままだと、ウサギおいしかの山、こぶなつりしかの川という故郷をもつ子供はいなくなります。みんな都会っ子になってしまいます。すると、故郷の自然が大切だと思う人間が将来いなくなるということです。この『奥山村ふるさとキャンプ』は、子供たちに第2の故郷を持ってもらうということなのです。

故郷のない子供たちにここで田舎の体験をしてもらいたいと思います。そうして、その子供たちがここを第2の故郷のように思ったら、ここの自然を大切に思うでしょう。そうなれば自然破壊とかも少なくなるだろうし、そして、いずれ都会を離れて、第2の故郷のここに戻る人も出てくるんじゃないかと思うのです。そうすれば、都会の一極集中も自然に解消されるのではないでしょうか。急激ではないですが、時間もかかりますが。東京一極集中は戦後の流れと考えたとしても、60年以上かかって進んだことです。60年かけて以前の奥山村に戻しましょう。」

この話の、故郷という言葉に、おじいさんたちは大きくうなずいてくれました。

その後、具体的な説明については、実に痒い所に手が届くという説明会でした。

平野君の準備と、勉さんの進行のたまものです。

一番びっくりしたのは、

最後のほうで、平野君が、「ひとつ付け加えさせていただけますでしょうか?」と発言を求めました。

そして、

「福田さんは、この子供たちのキャンプを仕事にしようとしています。と、いうことは、この奥山村でのキャンプをずっと続けていきたいと思っているということです。この夏一回ぽっきりのイベントではなくて、ずっとずっと子供たちがこの地を訪れる、それを仕事にしようとしていらしゃいます。私は、それが仕事として成り立つか、色々と計算してみました。しかし、どうしたって成り立たないのです。しかし福田さんはしようとしている。何故でしょう。銭金じゃないんですね。わけは二つあると思います。ひとつは、現代の子どものため。もう一つは、奥山村をはじめとした地方の過疎の村の活性化のためなんだと思います。」

平野君は、ここでちらっと福田さんのほうを見ました。福田さんは深くうなずきました。

「私は計算しました。その計算をしているときに気が付いたんです。私は経費をすべて東京の価格で行っていました。しかし、子供達に食べさせるキュウリをみなさんが格安で提供してくれたら、ジャガイモや玉ねぎや…そうすると、相当に経費は抑えられる。布団や毛布も、みなさんのおうちにあるもので余分なものを安くお借りできれば…東京でレンタルする半分以下におさせさせてもらえれば、もしかするとやっていけるかもしれないと思ったのです。」

「可能性が見えてきた瞬間でした。まだ、それでどれぐらい儲かるかというような計算はできません。なぜなら、いくら削減できるかがわからないから。でも可能性あるでしょう?」

と、平野君は大きく息を吸い込むと村の人たちのほうに視線を巡らせました。

すると、以前『子どもがうじゃうじゃ来るとうるさくなって厄介じゃな~』といっていたおじいさんが、「野菜を売るなんてことをお前たちにするわけがなかろう。」と、いうのです。一同、シンとして、緊張が走りました。するとおじいさんが続けて「子供たちのための仕事じゃ、みんなただでもってきてやるわい。そうじゃろう皆。」と、村の人たちを見まわしました。村の人たりは一斉に破顔して拍手喝采です。

これで、すべてが終わりました。

後にのこった説明は、すべて宴会の中でということになりました。その辺は勉さんが阿吽の呼吸でまとめてくれました。

そうなると、あとはもう、宴会モードです。

お母さんたちの手作りの料理が手際よく並べられました。

宴会になってほどなくして村長も駆けつけてきました。

入るなりその雰囲気を見て、勉さんに「説明会はうまくいったようじゃな。」とにんまりと耳打ちしました。

勉さんはOKサインを出してから、大きな声で、村長がお見えです。と怒鳴りました。しかしその声もかき消されるれるほどの盛り上がりでした。とりあえず、形ばかりのあいさつを村長がすると、あのおじいさんが、「村長こっちこお、この平野ちゅう男は大した太い男じゃ。見込みがあるよって、この村に引っ張り込まにゃあいかんぞ。」と平野君の肩を抱いて真っ赤な顔をしています。

平野君もまんざらでないようで、楽しそうに飲んでいます。



すると、おとなしそうな、おばさんが福田さんに近寄ってきました。

「この予定表にある食事会というのは、わしらが食事を用意してやるだか?」

「いいえ、逆です。村の中をお騒がせしたお詫びというか、お世話になったお礼に、みなさんに子供たちが食事を作っておもてなししようと思っています。」

「そんなことしてくれるだか?」と、うれしそうです。

「はい」

福田さんもにこやかに答えました。

「差し入れでも持って行ってやらにゃ、いかんな。いいんじゃろ?」

「はい、そうですね。よろしくお願いします。詳しくは又勉君からお知らせします。」

「大丈夫、わしからいっとくで~」

「そうですか?ありがとうございます。」

すると、もう一人のおばあさんが、「この貰い湯というのは、わしらのうちに、子供たちが風呂に入りに来るちゅうことだな?」

「はい、その通りです。勉君にお願いしますが、お願できる方は手を挙げていただいて、できれば2~3人づつお願いしたいと思っています。」

「飯は食べさせんでもいいんかい?」

「はい、そこまでお世話になっては申し訳ありませんので…」

「そんなことないがね~。飯も一緒でもいいぞ。」

「ああ、それはありがとうございます。ではそれはまた来年ということで、今年はとりあえず、お風呂だけお願いします。」

「そうかい・・・」

「はい、よろしくお願いします」

おばあちゃんは何か残念そうでした。

しかし福田さんは、いっぺんに何もかも欲張ると、先々、苦しくなると思いました。

お風呂だけでも大変なのではないかと思っていたからです。

しかし、そんな宴会の中での話はみな好意的でした。


福田さんは、この雰囲気の中で、このキャンプは成功したと思いました。そしてちょっと涙ぐんでいたのでした。


翌日は、平野君たちと、いくつかの活動で使う場所を下見して回りました。

川や、林、そして、昨夜これなかった方のお家にもご挨拶に行きました。


東京に戻ると、すぐに、参加者の保護者説明会です。


この説明会は、千代田市の説明会で学んだことと、奥谷村でのことをおりまぜて、つつがなく進めることができました。

もちろん、福田さんはここでも、キャンプをなぜするかという思いを語りました。

「お父さん、お母さん、皆さんには故郷がありますか?では、お子さんは、その故郷を自分の故郷だと思っているでしょうか?」

お父さん、お母さんは、お互いの顔を見合わせてささやきあっています。

福田さんは続けます。

東京が故郷の人がいるかもしれません。

江戸っ子っていうやつですね。

でも、多くの人は地方から出てきた人です。

しかし、その地方の故郷に帰らなくなっていってしまう。

おじいさん、おばあさんがなくなり、だんだん縁がなくなっていく。

そうなると、お子さんは都会っ子になっていくのです。

日本中の子どもがどんどん都会っ子になっていく。

このままだと、ウサギおいしかの山、こぶなつりしかの川という故郷をもつ子供はいなくなります。

すると、故郷の自然が大切だと思う人間が将来いなくなるということです。

この『奥山村ふるさとキャンプ』は、子供たちに第2の故郷を持ってもらうということなのです。

田舎に、自然の中に故郷のない子供たちに、奥山村で田舎の体験をしてもらいたいと思います。

そうして、その子供たちが奥山村を第2の故郷のように思ったら、奥山村の自然を大切に思うでしょう。