未定稿小説『奥山村物語』21
2020.4.13
三枝くんの自転車旅行
家に戻った二人は車に乗り役場で、村長に会い、きちんと申し出をお受けすることを伝えて、福田さんは東京に戻りました。
東京に帰って福田さんが驚いたことがいくつかありました。
ひとつは、三枝君の自転車旅行の準備が、着々と進んでいたことです。これは、谷口君のバックアップが大きかったことは言うまでもありません。彼は、ボーイスカウトで、このようなチャレンジを度々重ねているために、要領を得ていたのです。
泊まる宿も決められていました。そしてその宿には説明をし、遅れて到着することも考えられる旨も了解してもらっていました。
谷口くん自身も、車でではありますが、コースをすでに走っていました。
そのときに宿にもごあいさつをしてくれたとのことです。
そして、三枝君に自転車の整備の方法や、パンクの修理方法も、伝授していたのです。
そうなると、あとはもう三枝君自身の準備と、決行の日取りだけになってきます。
福田さんは、谷口君の手回しの良さにただただ、びっくりしていました。
陽子さんは、平野君と話をして、松永先生と3人で、千代田市の社会教育課の職員と相談をしていました。
何を相談したかと言いうと、まず、千代田市のキャンプを福田さんの考えた通年の事業にできないか。そして、会場に千代田市の社会教育会館を利用できないかということです。
そして、通年の事業にするかどうかは即答できないが、例え、千代田市の事業でなくとも、松永先生が名前を連ねての団体なら、市は拒めませんよと笑いながら即答してくれたとのことです。
この手配の良さにもびっくりしました。
当然、主催か後援を千代田市から取り付けられそうだということでした。
そして最も驚いたのが、夏のキャンプの参加してくださった子供たちのご家族の有志が、こえをかけあって、来年から開催する通年の事業に参加したいから、募集もお手伝いすると、すでに口コミで募集が始まっているというではありませんか。
そして、ほぼほぼ定員が、集まりつつあるというのです。
こんなことがあるのかと、福田さんは、嬉しいやら、ビックリするやら、そして責任の重大性を痛感するやらでした。
そんな情報を整理するため、松永先生、陽子さん、平野君、谷口君を集めて、ミーティングを開催しました。
すでに聞いていた情報を整理した後、福田さんも、奥山村でのことを報告しました。
陽子さんが、節子さんからの電話で、大体のことを聞いて、みんなにも話していたので、それほどの驚きはありませんでいたが、学校のことは、皆でどよめきました。
そして、その決断の速さに、福田さんは度胸が座ってきたと、みんな大笑いをしたのでした。
しかしもっとも、みんなの話題の中心は、三枝君のことでした。
どうサポートしたらいいのか、奥山村の人たちに、どう応援してもらうか…話題は尽きませんでした。
谷口君の三枝君のやり取りから、福田さんは、このことを谷口君に任せてみることにしました。
彼のフットワークは軽かったです。
奥山村へ、始発電車で向かい、省三さんや、節子さん、勉君と打ち合わせをして、その段取りを着々と決めてきました。そして、その日のうちに最終電車で帰っていたのです。
三枝君との打ち合わせも重ねていきました。
その話の中で、三枝君もだんだんと、谷口君にいろいろなことを話すようになっていったようです。
自分が、自転車旅行で奥山村に行って、転校して暮らせるよになったら、妹も呼び寄せたいこと。
かかるお金はおばあさんに出してもらって、将来就職したらきちんと返すつもりでいること。
自分は、今回のキャンプで、東京で暮らすよりも、奥山村のようなところで、農業をして暮らしたいと思い始めたこと。
だから、奥山村の学校で勉強するのも楽しみだが、省三さんに農業のことを教わるのがとても楽しみだということ。
でも、自分は東京生まれ東京育ちで、あんまり根性がないから、本当に、そうしたいのか、自分の決心を試すために、自転車で、奥山村に行くことで、それを確かめようと思ったということ。
途中で、くじけたなら、奥山村に転校するということ自体、あきらめようと思っているということ。
谷口君はそれらのことを、福田さんに逐一報告していきました。
******
11月初め
いよいよ出発です。
自転車の前かごと後ろの荷台に荷物を括り付け、三枝君は満面の笑みで千代田市のおばあちゃんの家のあるビルの前に立ちました。
結局今日から3日間、谷口君が、ポイントポイントに車を先回りさせ、サポートすることになりました。
そして、最終日は奥山村から、省三さんや勉君が出迎えに出てくることになっています。
福田さんは、ゴールの予定の日には奥山村に行って待ち受けることにしました。
出発にあたって、ビルの前には陽子さん、平野君、そして松永先生。そればかりか、キャンプの時スタッフの大半が顔をそろえました。
伊藤さんは、もちろんカメラを構えています。
そして、
「いい、谷口君、途中、色々なシーンで忘れずに写真撮ってね。」
と、谷口君に念を押しています。
いよいよ出発という時間になったとき、なんと省三さんが現れました。
わざわざ朝一番の列車で東京に出てきたようです。
「いや~まいっちまった、東京はよくわからん。迷った迷った」
「洋、これ持ってけ」
と、言って、小さなお守り袋を、三枝君の手に押し付けます。
三枝君は小さくうなずいて、それをシャツの胸のポケットに大事そうにしいしました。
福田さんは、ハッとしました。
省三さんが、三枝君のことを洋と名前で呼んでも、三枝君は変化なく、受け答えしています。
キャンプの時、私たちが『洋』と呼びかけると、びくっとしたのに、三枝君と省三さんの関係はとても良好で、三枝君を変えていくと、感じました。
みんな口々に、三枝君を励ましています。
「さあ、ぼちぼち出発の時間です。」
と福田さんがみんなに声をかけます。
「では、三枝君頑張って、奥山村を目指してください。」
と、福田さんが拍手をすると、みんなもその拍手に続きます。
そんな中、三枝君は深々と頭を下げて、自転車にまたがると、さっそうと出発していきました。
その後ろ姿を皆で見送ると、
「谷口君、後はよろしく頼むよ。」
「はい、任せてください。」
福田さんは谷口君に歩み寄って、そう声を変えた後、谷口君を車まで送りながら、彼に小さな声で、
「この自転車で行く道を、歩いていけないか、考えているんだ。そんなこともちょっと気に留めて走ってくれるかな。」
「えっ。」
谷口君は、ちょっと声を出して、驚いた顔で福田さんを見つめます。
「まだ決めた訳ではないけれど、みんなで歩けたら面白いかなと思うんだ。」
「わかりましたけど。150キロからありますよ。ボーイスカウトで、100キロチャレンジしましたが、それだけでも結構きつかったです。150キロは…」
「何日もかけてさ、少しづつ行けるといいなと思うんだ。もしかしたら、途中で一回帰ってきて、またその先を次の時にまた歩き継ぐというのでもいいし。」
「なるほど、わかりました。チェックしてきます。」
谷口君は微笑むと、車に乗り込んでいきました。
「頼むよ」と福田さんは谷口君の背中に声をかけました。
車は静かに発車していきました。
車を運転しながら、谷口君は、福田さんの発想力に驚いていました。
なるほどな~東京で事業をして、その子どもたちが、歩いて奥山村まで行くなんて、面白いな~と感心していたのです。
そして、写真は三枝君だけでなく、道々コースの状況もとっていないといけないなとも思っていました。
その後2日間はとてもいい天気が続きました。
福田さんは三枝君ゴール前日、奥山村に入りました。
今度は、車で向かいました。
三枝君のおばあちゃんも一緒にです。
おばあちゃんは、三枝君のゴールに立ち会うことはもちろんですが、転校の手続きをするために奥山村に来ました。
福田さんは、おばあちゃんを勉君に預けると、夜に勉君の家で落ち合う約束をして、省三さんの家に向かいました。
省三さんの家で、省三さんと奥さんとで、三枝君を受け入れるための部屋の確認や準備を手伝おうと思ったのです。
ですが、こちらも準備万端、何と勉強机までそろっているではありませんか。
「この机、どうしたの?」
と聞くと、
「村の連中は色々助けあうんだよ。学校を出て、東京に行った子供の机をもらい受けたんじゃ。」
「そうでしたか。」
「新しく子供が増えるのは村にとっても万々歳だからな。みんな応援してくれとるんじゃよ」
「そうですね。ありがたいことです。何かお礼しないといけませんね。」
「馬鹿言っちゃいかん。そんなことしたら、お前のために何かしたらお礼がもらえると、変な下心が村の連中に芽生えてしまうじゃろうが。丁寧に頭を下げればそれでいい。」
「あ~なるほど、気を付けます。」
「それより、洋はどんな様子じゃ?」
「順調のようです。お昼に谷口君からの連絡では、食欲もあり、順調だそうですよ。」
「そうか、そりゃあいい、明日は何時に、迎えに出ればいいかのお。」
「国道20号線から、七里岩ラインに入る山崎あたりで出迎えましょう。ですから、お昼を食べて出ればいいと思います。」
「そうか、じゃあ、明日の昼はうちで食べるといい。そのまま出かけるとしよう。」
「はいわかりました、ごちそうになります。」
少し早く省三さんのお家をあとにしたので、役場に向かいました。
すると、三枝君のおばあちゃんも、勉君も、出た後でした。
急いで、勉君を追いかへるために、役場を出ようとしたところ、村長が追いかけてきました。
「福田君、福田君、ちょっといいかい。」
「え、何ですか?」
「いいからちょっと、部屋に来てくれ」
村長室に行くと、
「君の住む家のことだがな…」
「は…い」福田さんは、少し不安になりました。何かトラブルでもあったかな?
「実はだね。村のものに省三さんがいろいろ話してね、机や、布団とか食器棚をだな、勝手にあのうちに運び込んでしまったんだよ。」
「えっ、どういうことですか?」
「だから、そういうことだよ…家具布団食器付きの家になったということだ。」
「え~~あ、は…ハハハハ~」福田さんはもう笑うしかありませんでした。
「村の連中はずっとお互いに助け合ってくれしてきたじゃろう。その癖というか、ほっとけないんじゃよ。この絆というか、お付き合いが煩わしてく出ていく若者が多いことも事実なんじゃがな。迷惑じゃったかな。」
「いいえ迷惑なんて、東京の家はとりあえずそのままにしておこうと思っているので、こちらの家具類はひとそろい買い揃えないといけないといけないと思っていたものですから、大助かりです。」
「そうか、そりゃあ、良かった。」
「今夜見に行ってみます。電気や水道はもう通りましたよね? 先日連絡が来たんですぐしてくださいと両方お願いしておいたんですが。」
「そうか、ちょっと待て…。」
と村長は内線をかけると
「大丈夫だ、両方とももう通っている。」
「ありがとうございます。やっぱり村長は偉いんですね」
「うん、ハハハ、一応村長だからな。」
「ありがとうございます、今夜見に行ってみます。今から一度勉君の家に行ってから。今夜は、勉君の家にお世話になろうと思っていますので。」
「うん、わかった、明日は三枝君のゴールの日だな。」
「はい、山崎まで、省三さんとで迎えに行きます。」
「うん、わしも時間があれば、ゴールの公民館にいっとるようにする。」
「ありがとうございます。」
と挨拶をして、部屋を出ようとすると、勉君が入ってきました。
「福田さんがどこにいるのかと探してみたら、村長が引っ張り込んだと聞いて。」
「なに人聞きの悪い…。」
「あ、いやいや。」
「すみません、ちょっと話し込んじゃって。でもどうしたの?」
「いや、省三さん所電話したら、だいぶ前に出たっていうし、役場に来て、車はあったけど、福田さんはどこにいるかわからないから…探し回っちゃいました。そしたら、総務課で、村長室に引っ張り込まれたって。」
「だから引っ張り込んだんじゃない…人聞きが悪い。」
と村長が笑います。
「すみませんでした。話、終わりましたから、行きましょう。」
「はい、では村長失礼します。」
「うん。」
その晩は節子さんの手料理で、ゆっくりと勉君とおばあちゃんと娘さんたちと楽しい夕食を囲みました。