未定稿小説『奥山村物語』17
2020.4.9
福田さんはどうしたものかとかと、戸惑ってしまいました。
すると、平野君が「実は、谷口から聞いていました。」
「そうだったのか。」
「それで、提案というか、お願いがあります。」
「なんだい?」
「私と谷口は、今年大学を卒業します。卒業したら、福田さんがするキャンプの仕事に参加させてほしいと思うのです。」
谷口君が「よろしくお願いします」と、頭を下げます。
その谷口君のあいさつを合図にしたように、スタッフみんなから、割れんばかりの拍手が沸き起こりました。
しかし、福田さんは大慌てです。
「おいおい、ちょっとちょっと待ってくれ~!」
「ちょっと静かにしてくれ!」
「そんな簡単に言うんじゃない。私一人だって、食えるかどうかわからないんだぞ。君たちに給料なんか出せるかどうか。いいや、出せない方が可能性は高い。そんな職場に君たちを迎え入れるわけにはいかない。ご家族だって賛成しないだろう。」
「いいえ、何とか説得します。」
と、谷口君。
「いや、待ってくれ、気持ちはとてもうれしい。しかし、そんな簡単に決めてもらっては困る。それにだ…」
と、福田さんはみんなの前に、もう一度出て行って話始めました。
「このような仕事をするということは、子ども達から、リーダーと呼ばれたり、先生と呼ばれたりする仕事だよね。たとえ、子どもとは言え人の上に立つことが前提の仕事になるわけだ。
しかし、子ども達を出してくれる、お金を払ってくれる親御さんの多くは、人に使われてお金を稼ぎ、その大切なお金を子どもために私たちに払ってくれるわけだ。そんなお金は、どんな想いがこもっているのか、どれだけ大切な物かを私たちは知っていなくてはいけないと思うのだ。
だから、これから私と一緒に仕事をする人は、一度、社会に出て、人の下で働く経験をした人であってほしいと思うんだ。
そして、そこで、働いていても、なお、まだ一緒にキャンプの仕事がしたいと思い続けてくれた人と一緒に仕事がしたいと思う。
だから、君たちの申し出はうれしいが、一度、社会に出て、人にお給料をもらう仕事をしてほしいと思う。」
会場は、水を打ったように静まり返りました。
平野君と谷口君は立ち尽くしています。
「どれくらい社会人経験すればいいですか?」
「そうだな、3年かな。」
「そんなに長く…」
「いや、まず一年目は右も左もわからないまま過ぎるだろう。2年目は、今までしてきた仕事を引き継いで着実に進める。3年目で初めて、自分のオリジナリティーを出した仕事へと挑戦ができるんじゃないかな。しかし、3年なんて、あっという間だと思うよ。3年たったとのとき、君たちがまだ一緒に仕事をしたいと思ってくれたなら、私はどんなことがあっても受け入れようじゃないか。ただし、まだ私が倒産していなかったらの話だが」
と、福田さんはニヤリとしました。
「もちろん仕事の合間を見て、ボランティアで活動を支えてくれればありがたいし、そうしてほしいと思う。」
平野君と谷口君は顔を見合わせました。そして大きなため息をつきました。
体験教室の始動
企画書を作る
福田さんは、いくつものことを考えなくてはいけなくなりました。
まずは、冬休み春休みにもキャンプをするかどうか。
スタッフのトレーニング「勉強会」をどのように進めるか。
来年度になる休みの準備をどうするか。
福田さんは、いつもの喫茶店で陽子さんと会っていました。
今日は松永先生も一緒です。
陽子さんと松永先生に、キャンプの写真を見せながら、報告をしました。
松永先生は
「素晴らしいキャンプだったようだね。」
陽子さんも、
「寛太から聞いたわ、すごく楽しかったって言ってた。」
「困っちゃったのは、朝ごはんにサンドイッチ作って、ポテトチップを砕いて入れるって聞かないのよ。これはかんべんしてほしいわ。テーブルじゅうにポテトチップの屑が散乱しちゃって、もう大変。」
と苦笑いです。
福田さんも頭をかきながら、
「すみません。」
と謝るしかありません。
「でも、どうなの、これで仕事にするめど見えてきた?」
「はい。食えるかどうか、ギリギリのところですが、仕事としてやっていきたいという気持ちは固まりました。というか、こういうことが仕事として日本で成り立たないといけないのじゃないかと思うのです。」
「奥山村の人たちの感触はどう?」
「奥山村の人たちも、今回参加してくださった子どものご家族も、感触は上々です。でも、課題は、山積みですね。」
と、言いながら、福田さんはコピーを二人に渡しました。
「これ見てください。今、私が悩んでいることを書き出してみました。松永先生にアドバイスいただければなと思って・・・。」
松永先生は、しばらくそのペーパーを眺めていましたが、
「福田君、これらの問いに対して、君は、ほぼほぼ答えを持っているのではないかい? 千代田町のキャンプを経験して、奥山村のでのキャンプを経験して、君は、自分がどのようにしなくてはいけないか、もうつかんでいるんじゃないかい?それを確認したいのではないかな?こういう質問の形ではなくて、こういうことがしてみたいと書いてみたらどうかね?」
「え…そうなのでしょうか? 私は、迷っているのですが。」
「いいや、君の中ではもうほぼほぼ形になっていると思いますよ。たとえば、キャンプを何日ぐらいにすればいいかはどう思いますか?」
「そうですね…ボーイスカウトは、毎週日曜日に活動をしています。でも、毎週では、費用が高くなるので、月一度くらいで、夏、冬、春の長期のお休みには、泊りがけのキャンプをするという感じかな~と、何となくは思っているのですが。」
「なに、本当に、考えてるんじゃない。」
と、陽子さんが笑います。
「いや、何となくそんな風に思っているだけですよ。」
「その思っている形を、紙に書き出してごらんなさい。このように質問の形ではなくて、計画書にするのです。」
「なるほど、わかりました、そうしてみます。」
「それがいいだろう。」
と松永先生は大きくうなづきました。
「後、もう一つ、ご相談があるのですが…」
松永先生は、えっ?という顔をしました。陽子さんもです。
そこで福田さんは三枝君のことをはなしました。
陽子さんは
「それこそ節子や省三さんと早く相談した方がいいんじゃない?」
「確かにそうだ、省三さんのうちにとっては一大事だろう。それに、奥山村の人たちにとっても些細なことではないだろう。」
「そうですね、もう一度うかがって、相談しないといけないかもしれませんね。」
それから…と松永先生が、
「千代田町のキャンプの計画を出してもらったじゃないか。」
「ハイ、夏前に。」
「あれをもう一押ししてみないかい? 君のスタートの時に、行政の予算があると楽だろうし、どうかな? 私の方から口添えしてもいいと思っているんだが。」
「ありがとうございます。実はそのことも考えたんですが…」
と、福田さんは行政とのキャンプのことについて語り始めました。
「行政の予算をいただけることはありがたいのですが、それによって、参加費を安く抑えると、それが、世の中のキャンプの価格の常識になるのは怖いと思います。すでにそうなっているところがあります。本当はもっとお金がかかるのに、税金が投入されることによって、安い価格で提供されてしまう。
しかし、その事業は、3年で何らかの形で、衣替えを余儀なくされることが多いです。千代田町の事業などはとってもまれなのだと思います。
また、その予算も、制限が多くて、使いたいところに使えないこともありますよね。また、教育だから継続性が必要であるにもかかわらず、教育委員会の教育の平等性ということで、いつも初めての人が優先されるということも、少し納得がいかないところです。」
と、いうわけで、苦しいかもしれないけれど、自力で事業を始めてみたいという結論に至ったと、福田さんは申し訳なさそうに松永先生に頭を下げました。
「いちいちごもっともだね。確かに言われる通りだよ。しかし我々はそんな風に事業としてキャンプをやる自信がなかった。で、行政に頼ったわけだ。それが、このキャンプの教育の世界の足を引っ張っていたのかもしれないわけだね。」
「いえ、そんなこと…」
「いや、いいんだ。それは私も今感じていることだから。」
「頑張りたまえ、応援するよ」
「ありがとうございます」
「とにかく、企画書を書いてみます。自分で自分に答えを求めます。それから、急いで三枝君のことを奥山村の人たちに相談に行ってきます。」
「そうしたらいい。」
「私も節子に連絡しておくわ。」
「いや、陽子さん、節子さんには私から連絡させてください。デリケートな問題ですから。」
「そう? 福田君がそういうなら。」
「すみません、わがまま言って。」
「そんな他人行儀な言い方しないでよ。」
「あは、つい営業マンの癖が…そうそう、松永先生、お願いがもう一つあります。」
「何かね?」
「千代田町の教育委員会に平野君を就職させられないでしょうか?」
「えっ、彼はいっしょに独立するんじゃないのかね?」
「いいえ、一度、サラリーマンをさせておきたいのです。実は彼も、一緒に始めたいといったのですが、私が止めました。まだ、うまくいくかどうかわからないのに、彼らを巻き込んで失敗したら、彼らは路頭に迷います。3年後まだ私が、この仕事で食っていられたら、彼らを雇えるでしょう。それを私も目標にします。そして、その時彼らにまだその気持ちがあれば、またその時、必ず人に使われた経験は役に立つと思うのです。」
「なるほど、君は、突っ走るタイプだと思っていたが、結構考えているね。」
「そりゃあ、一人の人間の人生を預かりますからね」
「確かにそうだね。」
「聞いては見るけど、あまり期待しないでくれたまえ。やはり、公務員採用試験だろうからね。」
「そうですね。確かにそうですよね。でも、ダメもとでお願いします。」
「わかりました。」
そんな話を続け、一段落したところで、三人は次に会う日を約束して別れたのでした。
その夜、松永先生から福田さんに電話が入りました。
「今日の話…、千代田町の役場に平野君を就職させる件なんだが…」
「ハイ、いかがですか?」
「やはり、難しいということだ。」
「そうでしたか。」
「だがね、うちの大学に法人事務局というのがあって、そこで新卒を一人探しているんだが…どうかな。」
「それはもう、お願いできるならぜひお願いします。」
「そうは言っても本人の気持ちもあるだろう…」と先生は笑います。
「ああ、そうですね、近々会いますので、確認してご連絡するというのでよろしいでしょうか? いつまでにご連絡すれば。」
「10日ぐらいの間に連絡くれるかな。」
「わかりました。」
「後、もう一人いたでしょう。谷口君だっけ?」
「彼は、私の旅行社に入れます。」
「なるほど、それはいい。」
「では、よろしくお願いします。」