未定稿小説『奥山村物語』26
2020.5.4
「そうか…」と、なにか手持無沙汰の様子ですが、微笑んでいます。
そして、「おい洋、早く飲めるようになれよ」といつものようにバンバンと背中をたたいています。
みんな笑いながらそれを見ています。
福田さんが、「では皆さん、三枝君のこの村への移住を祝って乾杯をしたいと思います。その前に、三枝君、ひとこと挨拶をしますか?」
「はい…僕は、この自転車旅行に挑戦したのは、自分の足だけで家からここまでこれたら、なんか自分でこの村で暮らす覚悟がつけられるような気がしたからです。省三さんに、こちらで暮らしてもいいと言っていただいた時は、お父さんの暴力から逃げられると思いました。でも悩みました。お母さんや妹はどうなるんだろうと。でも、お母さんが、行きなさいと言ってくれました。お父さんの暴力のせいで学校にも行かないで家にこもっていたら、お前までダメになるからって。
でも、やっぱりお母さんや妹へのお父さんの暴力は心配なんです。僕、一生懸命ここで勉強するし、お手伝いもします。ですから、ですから、お願いです。できるだけ早く、お母さんと、妹をこの村で暮らせるようにさせてください。
お母さんは、私私がいなくなったら、お父さんはもっとダメになるから、しょうがないのよと言いますが、お母さんへの暴力でお母さんがどうにかなってしまうんじゃないかととても心配なんです。
ですから、できるだけ早くお母さんと妹がこの村で暮らせるようにしてあげたいんです。
自転車のペダルをこぐたびにその気持ちが強くなってきました。
ですから、お願いします、お願いします。」
彼はその場に座り込み、深々と頭を畳にこすりつけました。
会場の人たちは、みな涙ぐんでいます。
福田さんももう言葉がありません。
省三さんの奥さんが優しく三枝君の体を抱きしめます。
節子さんが福田さんに視線を投げかけました。
福田さんははっと我に返りました。
「みなさん、三枝君の決意をお判りいただけたと思います。私たちは、全力で、彼を応援しようではありませんか。まずは、三枝君をこの村に迎えるための乾杯をしましょう。省三さん乾杯のご発声をおねがいします」
「よし、洋がこの村に無事帰ってきことを祝して、乾杯!」
「かんぱ~い」みんなが叫ぶように声を上げます。
みんなの声は少し涙声です。
しかし、そのあとは、いつにはなく、お母さんたちの独壇場でした。 洋君が学校に行くのに、同学年の子供がいるお母さんたちは、自分の子供たちがちゃんと面倒みるから安心しなと、話しかけます。
他のお母さんたちは、あれも食べなさいこれも食べなさいとお料理攻めです。
今夜ばかりは、福田さんも、谷口君もわき役です。
しかし福田さんは嬉しかったのです。
何十人もキャンプに迎えても、こうやって、ひとりひとりの子供たちを大切に、育てていってあげたい。そう思うのでした。
洋君の部屋は省三さんのうちの二階に準備されていました。
宴も終わり、省三さんが洋君を連れて二階に上がります。
「洋、今日からはおめ~はわしらの息子じゃ、悪いことすりゃしかりもするし、しなくちゃいけないことはきちんとさせる。いいな。」
「はい」
「この部屋おめ~が好きに使っていい。だが、きちんと片付けや掃除も自分ですることだ。布団も、朝晩ちゃんと上げ下げするんだぞ。万年床は絶対にしちゃいかん。そういう規則正しい暮らしがおめ~を成長させるんじゃからな」
「はい」
「よし、あとは、ばあさんにシーツとかいろいろ教われ」
いつの間にか部屋に来ていた奥さんが、
「まあ、お爺さんは、口うるさくて、口が悪い。ごめんね、でも、心根はいい人なんだよ」
「なに言っとる」
「さ、さ、布団敷きましょうね」
「あ、僕、自分で敷きます」
そう言って、洋君は自分で布団を敷きはじめました。
奥さんはこまめにいろいろ教えます。
省三さんは満足げに階段を下りていきました。
階下に、福田さんと谷口君が玄関で待ち受けていました。
福田さんが、省三さんに深々と頭を下げます。
「本当に本当にありがとうございます。」
「なんも、子どもたちも独立して、あれとふたりきりで、つまらんと思っとっったとこだ。こっちも張りが出て、ありがたいこっちゃ。それより、あいつの家族のこと、考えてやらなあ、いかんだろう。」
「はい、洋君のおばあちゃんとお話ししながら考えます。家族で暮らすとならば、そう簡単なことではありませんから。それに、お父さんとの問題もありますし…」
「そうじゃな…おめ~に任せる。が、こっちのことは任せろ、家だって何とかしちゃる。」
「ありがとうございます。では、今夜はこれで」
「うむ」
「おやすみなさい」
「おお・・・」
挨拶を交わし、玄関を二人は出ました。
今夜は谷口君も福田さんのうちに泊まります。