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未定稿小説『奥山村物語』

未定稿小説『奥山村物語』4

2020.3.8

福田さんも、膝を打って、「それがいい!」と、奥山村ふるさとキャンプという名前が決まりました。

「それからさ、」と、陽子さんが続けます。

「この貰い湯っていうのはなに?」

「地元の人たちの家に、お風呂を借りに行くんだ。公民館には風呂がないだろう?」

「なるほどね~ご飯を作ったりは大変かもしれないけど、お風呂入れてあげるぐらいなら、そんなに大変じゃないからいいかもね。お風呂上りに、子供たちとも話もできるしね。」


こうなると編集者の陽子さんは早速そのコンセプトや予定をチラシに作り上げてしまいました。

2人でで相談した結果、もう一歩チャレンジすることにしました。2泊3日ではなく3泊4日にしたのです。募集人数は、千代田市の半分の50人。

さてそのようなことが決まると、ここからは陽子さんのほうが、大車輪で準備をはじめました。

まず、節子さんに連絡をして、ご主人の勉さんに頼んで、公民館の利用の許可を取り。ご近所から鍋釜を借りる手配もお願いしました。


節子さんも、陽子さんの頼みを受けて、村中を駆け回りました。

勉さんに公民館の利用のお願いをすると同時に、村長さんのところに行って、こんなことを夏休みにしたいと伝えました。

村長さんは、よくわからないながらも、若い夫婦が子供のためにということでするならと、うなずいてくれました。

また、地域を鍋釜を借りに節子さんが回ったもので、あっという間に村の中に、夏のキャンプの話が広まりました。

みんな節子さんにどんなことをするのか、子どもたちは何人来るんだ、何を食べるんだと、いろいろ聞いてきます。

節子さんも良くはわかっていないので、その晩に陽子さんに電話しました。

「姉さん。村中の人がいろいろ聞いてくるのよ。好意的な人が多いけど、中には否定的な人もいるみたい。それに、みんな何をするのか、わからなくて少し不安みたいなの。一度福田さんと一緒に来て説明してくれないかしら。」

「それはそうね、わかった、一度日程を調整して、お邪魔するわ。」

福田さんと陽子さんは夏休み前の週末に1泊2日で奥山村に行くことにしました。

村の人たちも公民館に集まって話を聞くことにしました。

村長さんも来るとになりました。


奥山村に行くまでに、陽子さんは東京で印刷屋さんに、いつもの貸しを返してくれとばかりに大特急で、キャンプのチラシの作成を依頼しました。

それを配布する先として、陽子さんの住んでいるマンションの管理組合に交渉をし、寛太君の通っている小学校にもお願いに行きました。

管理組合は何とか説得できましたが、小学校は市の後援がないと配れないとはねつけられました。

そこで、近くのスーパーに行って、レジのところにおいてもらうことにしました。

薬局やケーキ屋さん、ラーメン屋さんにも置いてもらうことにしました。

そんなことをしていると、チラシを見た、寛太君の同級生のお母さんが、これはいいわ。「うちの子も行かせていいかしら」と、聞いてきました。

陽子さんは「もちろん是非!」と、大喜びです。

そのお母さんは、「うちのマンションの管理組合でも配れるようにお願いしてあげる」と、応援してくれました。

そんなことをしていると、寛太君の学校のお母さんたちに、うわさが広がり、次々とチラシがはけていきました。

もちろん節子さんにも何部か送っておきました。

節子さんは地域の人たちにそのチラシを配りました。

地域の人たちも、そのチラシに興味津々。7月の週末が待ち切れず、節子さんのうちに、「野菜は何がいるかね~家のを使ってもいいよ。」と言ってくる始末です。

「しかし中には、子どもがうじゃうじゃ来るとうるさくなって厄介じゃな~」と、眉をひそめる年寄りもいました。しかし、全体としては、歓迎ムードです。

村の中に子供の声が響かなくなって久しかったからです。



スタッフ集め


福田さんも、何もしなかったわけではありません。

リーダー役に名乗り出てくれた後輩たちを集め、まずは飲み会を開催しました。

とはいっても実は福田さんは下戸なのです。

自分はウーロン茶で、学生たちにはお酒を飲ませての説得です。

そこで、福田さんは陽子さんに語ったことをまた、熱く語ったのです。

「この奥山村ふるさとキャンプは、子ども達に第2の故郷を作ってあげるということなんだよ。よくよく考えたら、東京や神奈川とか、街の子どもたちはもう、故郷と言える故郷がないんだよな。君たちには故郷はあるかい?」

何人かの学生は、そういえば、私にも故郷はないな~と、いい始めました。

「故郷のない子供たちに田舎の体験をしてもらったらいいと思うんだ。そうして、その子供たちがキャンプ地を第2の故郷のように思ったら、そこの自然を大切に思うだろう。そうなれば自然破壊とかも少なくなるだろうし、そして、いずれ都会を離れて、その第2の故郷に戻る人も増えるんじゃないかと思うんだよね。そうすれば、都会の一極集中も自然に解消されるだろう。」

「先輩、いいですね。俺、野外教育専攻なんですが、大学の先生たちの理屈より、先輩の言うことのほうがずっと野外教育の価値って感じがします。日本型の野外教育ですね。」と、平野君が熱く同調してきました。

「俺は、理屈はよくわからないですけど、ボーイスカウトでキャンプずっとしてきたから、きっと役に立って見せますよ。」と、わかっているかどうかよくわからないが、なんとなく体育会系の谷口君が胸を張る。実は彼は、ボーイスカウトでも、富士スカウトという頂点を極めていたのです。

「私、広報メディア学科なんですけど…」と、ちょっと知的な感じのする伊藤さんが遠慮がちに話してきました。

「どうやって、参加者集めるんですか? それから、それ、ずっと続けていくんですか? 福田先輩は、ボランティアで来年も再来年も続けるんですか?」

「いい質問だね~。まず、募集だけれど、カントリーライフという雑誌は知っているかな。あの編集長が、俺の同級なんだ。やはり君たちの先輩だな。彼女が、応援してくれている。」

「え、カントリーライフの編集長なんですか? わたし、大好きな雑誌です。」

「まあ、本人は、まったくカントリーライフじゃないがね。彼女の故郷が奥山村なんだ。」

「なるほど~。」と一同納得の様子です。

「ふたつ目の質問だが…実は、俺は、もう、アース旅行社に辞表を出してある。この子供のキャンプをすることを仕事にしようと思ってる。今回の奥山村のキャンプは、その第一回ということで、実験的事業ということなんだ。」

「俺もやりたいです。」即座に谷口君が手を挙げました。

平野君が、「成り立つ見込みあるんですか?」と、冷静に問うてきました。

「う~ん。五分五分かな。しかし、成り立つかどうかより、今のままでは、この世の中まずいという思いが勝っているというのが、今の俺だ。」

「正直ですね。」平野君はにこやかに笑いました。果たして彼はどう思っているのでしょう。

福田さんは「しかし、この事業の成否は君たちの肩にかかっている。ということは、俺の事業の成否も、しいて言えば俺のこれから先の人生は、君たちに預けるということだ。」

「よろしく頼む」と深々と頭を下げた。

みんなが大きく拍手をしてくれました。

谷口君が「任せてください」

平野君は、「とにかく、この事業は成功させましょう」

伊藤さんは「この事業を成功させたその先の戦略も考えないといけませんね。」と、遠くを見つめていました。


キャンプ前に、みんなで集まって、いろいろなことを検討することにしました。

そこで、大学で野外教育を先行している 平野君が福田さんに提案してきました。

「福田先輩…」

「その先輩はやめてくれないか。福田さんでいいよ。」

「は、では福田さん、募集の子どもの数ですが、50人ではなくて、40人か、48人にしませんか?」

「なぜだい?」

「1グループは8人にしたいんです。ですから5グループで40人。6グループで48人です。子どもたちがグループとして機能するにはそのほうがいいと思います。」

「わかった、じゃあ、48人にしよう。陽子さんにもすぐに伝えておくよ。」

それからの段取りは平野君が、手際よく進めてくれました。

福田さんのイメージをきちんとキャンプ計画の形にして、何が必要か、どんなスタッフのトレーニングが必要か、なにを手配しなくてはいけないかなどなど。

伊藤さんがそれらをまとめて書類にしてくれます。各方面への依頼の文書なども出来上がってきました。

福田さんは、学生にあおられるように、それらを陽子さんに届けたり、直接送ったりしました。

一番びっくりしたのは、予算書でした。

3っつの予算書が出てきました。

第1案は福田さんも、学生のスタッフもみんなボランティアで実施した時の予算。

第2案は福田さんや陽子さんが報酬を受け取り、学生はボランティアのとき。

第3案は全スタッフがきちんと報酬を得るというものでした。

第4案は福田さんや陽子さんがボランティアで、スタッフには報酬を出すというもの。

それぞれに、子供たちの参加費が計算されています。

これを福田さんに手渡すとき平野君が、「福田さん、できれば、福田さんも収入を得てほしいと思います。でも、現状では難しいです。3グループ24人では採算が合わないということです。最低40人はぜひ集めたいですね。」

「そうか、ありがとう。今回は第4案の、君たちに報酬を出すという案で行こう。そのうえで、参加者が48人集まって、少しゆとりが出たら、我々も報酬を受け取ろう。」

「福田さん…」

「なんだい、平野君」

「決断の早いリーダーは信頼されます」

「えっ?」

「だって、即断即決じゃないですか。それも学生の俺の意見をきちんと聞いて決めてくれた。以前、募集人数の変更のときもそうでした。」

「そうか」と、福田さんは苦笑いしながら…「君がしっかり準備してくれてるからさ。頼りにしてるぜ」


7月に入ると、色々な準備が立て込んできて忙しくなってきました。

学生さんたちは自主的に、ミーティングを繰り返してくれます。

福田さんとの連絡役は平野君が勤めました。

休みを利用して、スタッフのトレーニングもおこなわれました。

こちらは谷口君が実に見事な指導をしてくれます。



千代田市子どもキャンプが始まりました


千代田市子どもキャンプの説明会の日がやってきました。

参加者は80人です。お母さんやお父さんが来ていて、150人からの参加者になりました。

進行は松永先生がされます。

日程のこと、特に集合解散のこと、持ち物についてなど細かに説明がなされます。

質問のコーナーになってびっくりしたことがありました。

途中保護者が見学に行ってもいいですか?

(え~、2泊3日だぞ、途中というと、中日かい?、そしたら、結局毎日親の顔見ることになるじゃないか。)と、福田さんはあきれてしまいました。

松永先生は「中1日ですから、見学は考えていません。子供の成長のためにも、親御さんのいない日を過ごさせてあげてください。」

「そうですよね。わかっているんですが、何せ、子どもだけで外に出すのがはじめてなもので。わかりました。」

(子供が親離れしてないんじゃなくて、親が子離れしてないな~)

「虫はいないですよね?」

(おいおい、いないはずないだろう)

すると、育成委員会のスタッフの一人のおじさんが、

「あんたね~、キャンプに行くんだよ! ホテルかどっかに遊びに行くんじゃ…」

と、いきり立って話すのを松永先生が優しく制して、

「そうですね~自然の中に行くわけですから、虫はいます。でも大丈夫です、命を落とすような毒虫とか動物はいませんから。毎年、虫刺されはいますが、問題ないですよ。」

「うちの子、虫刺されに弱いんです。」

「そうですか、虫刺されは、刺されているうちに虫刺されにも強くなるものなんです。虫によては少し痛かったり、かゆいですが、ちょっとは刺されたほうがお子さん強くなりますよ。そんな風にたくましくしたくて、このキャンプにお出しになるんでしょう?」

松永先生はやさしく親御さんを諭していきます。

(いや~松永先生に学ぶところは多いな。奥山村のキャンプの説明会でも、こんな質問が出るんだろうな。メモしとくか。)と、福田さんは一生懸命にメモを取りました。


お父さんお母さんも、この説明会でだいぶ安心してくださったようです。

終了後、松永先生と福田さんは、一緒にお疲れさん会をしました。

「先生、あの、育成会のおじさんたちはいつもあんな感じなんですか?」

「ああ、集合場所でお母さんを怒鳴りつけたこともあってね…」

「それでよく子供たちが付いてきますね。」

「まあ、それもあって、参加者が減ってるのかもしれんがね。本人は大切な教育だとおっしゃるもんだから、どうにもね~」