未定稿小説『奥山村物語』16
2020.4.8
ひとしきり拍手が収まると、勉君が、
「では福田さんにご挨拶をいただきます。」
ひときわ大きな拍手が起こります。
ここで、福田さんは…
「キャンプが終わってから、少し時間がたちました。また、今日はキャンプに直接かかわっていただけなかった方々もお越しです。ですので、ちょっとスライドを用意してきました。キャンプの時の写真ですが、ご覧ください。」
プログラムを写真で振り返っていきます。内容については平野君が解説していきます。
その中に、お世話になった方々のポートレート写真も入っています。
皆さん笑いながら、映し出された方々は大いに照れながら見ています。
その映写が終わって、会場の明かりがついた時、福田さんは、正面のスクリーンの前に立って、深くお辞儀をしました。
そして、
「皆さん本当にお世話になりました。このようなキャンプで子供を育てていきたいと、心底思うことができました。そして、今回のキャンプで仕事としてやっていく決心がつきました。あまり、儲からない仕事とは思いますが、やりがいはものすごく大きいと思います。」
と言って一息つきました。
会場は、しんと静まり返っています。
なんとなく何か重大なことが話されることを感じていました。
「そこで考えたのですが、ここ、奥山村でその仕事をさせていただきたいと思います。」
拍手が起こりました。
「そのために、私はここに移り住むことを決心しました。」
一時、会場は、しんとしたまま動きが止まりました。
その後、ワ~っという響き渡るような声と共に、割れんばかりの拍手が沸き起こりました 。
その拍手はやむことがなく、そして、福田さんは、村の人たちにもみくちゃにされてしまいました。
平野君は、逆にぽかんとその風景を眺めています。
あまりに意外な展開だったのです。
その後は、もう、収拾が付きませんでした。勉君が何を言おうが、村長が、酒を出せ、と大声を上げ、みんなで乾杯が何度も何度も沸き起こり、夜は更けていったのです。
平野君も、村の人たちから、背中をバンバンたたかれ、
「次はお前だ~。」
と、言われ続けました。
ただ、飲み会の途中で、福田さんが再び立ち上がり、
「もう一つお願いがあります。」
と言うと、すぐに会場は静まり返りました。
「今回キャンプに参加した保護者の皆さんが、お土産に渡していただいた野菜を食べて、とてもおいしいと喜んでくださいました。本当にありがとうございました。」
またもや拍手です。
「そして、この野菜を通信販売で求めたいと思っている方が多いようなのですが、いかがでしょうか?」
「そりゃあ、いい話じゃ!」
と村長が立ち上げります。
「勉、お前役場で取りまとめ役をしろ。」
と、さっそく仕事にしています。勉君は目を白黒です。
「いやいや村長、いっぺんにそんな大きな話にしては、農協の方も困るでしょうし、今のところは小さな枠組みで」
と、抑えにかかりました。
勉君もこの言葉にほっとしてる様子です。
「そうか? 君がそういうんじゃったら、まあ、だんだんに進めるとするか。」
省三さんが近づいてきて、勉君と福田さんに、
「そうはいっても勉、お前が村の中の取りまとめしてやらんと、福田しゃんは事情が分からんじゃろう。一肌脱いじゃれ。」
「はい、もちろんです。」
省三さんは、にやっと笑って、
「わしのスイカはもう終わりじゃがな。」
といいました。
福田さんは、すかさず、
「ざんねんだな~、目玉商品だと思ったんですがね~。」
省三さんはわっははと笑いました。
その日の晩は、福田さんと平野君は公民館に泊まらせてもらいました。
大広間に二人だけ布団を並べました。
「福田さん、本当に引っ越すんですか?すごい決断ですね。」
「ああ、そのつもりだよ。私は、まだ、独身だし身軽だからね。」
「それにしても…東京に戻ってみんなに話したら、大騒ぎですよ。」
「大丈夫さ、そんなに遠くないし行ったり来たりするさ 。」
思い出会の開催
思い出会当日は48人の参加者のうち45人が参加してきました。欠席の3人も、風邪だったりということで、保護者からは大変残念だという連絡が入っていました。
思い出会は、スライドショーから始まりました。
このスライドは、奥山村で映写したものです。
プログラムを写真で振り返っていきます。今回は谷口君が、解説をしていきます。
その中に、お世話になった方々のポートレート写真も入っています。
子どもたちは、
「あ、省三さんだ、光さんだ、私のおばあちゃん!」
と、声を上げます。
お母さんたちも、どんなことをしてきたか、映像で見ることができて、子供の話とつなぎ合わせているようでした。
次に、お話会になりました。
このお話会は、リーダーや福田さんと個別にお話ができる時間となっています。
その間、ほかの人たちは、壁一面に貼られて写真を見て、注文をしていくというものでした。
この間、参加した子供たちは、別室でお風呂をもらったお宅にお礼のハガキを書くことにしました。
みんなスライドを見て、いろいろなことを思い出したので、一生懸命に書いています。
三枝君のおばあさんが、福田さんのところにやってきました。
「その節は大変お世話になりまして。本当にありがとうございました。」
と何度も何度も頭を下げます。
福田さんは、
「さ、さ、座ってください。」
とパイプ椅子をすすめ、お話をどうぞとうながしました。
おばあさんは…洋君のことを語り始めました。
洋君のお家は、都心の大きなビルのオーナーでした。仕事をしなくても、ビルのテナントからの家賃で暮らしていけるのです。ビルの管理のほとんどは、まだおじいちゃんがしているので、洋君のお父さんはあまり仕事らしい仕事がありませんでした。
そして、だんだんと、ギャンブルやお酒に溺れるようになり、1年ほど前から家族に暴力を振るうようになってしまったのです。
お酒を飲んでいないときは、それほどでもないのですが、だんだんと酔っ払っている時間が長くなってきているとのことでした。
今、洋君はビルの別の階に住んでいるおじいちゃんとおばあさんのうちに身を寄せている状態とのことでした。
ところが、洋君はキャンプから帰ってきてから、なんだか強くなったようで、お母さんと一緒に暮らすために自分の家に帰ると言い出したそうです。そして、お父さんに叩かれても、逃げるようなことはなくなったそうです。お父さん、やめてくださいと、踏ん張っているそうです。
そんな中で洋君が、
「先日私に、今度の冬休みに自転車で、奥山村まで行きたいと言い出したんですよ。どうしましょう。」
と、おばあさんは話を終えました。
福田さんもさすがにびっくりしました。
まずはその厳しい生活に驚くとともに、自転車旅行をするという話にも驚きました。
「自転車って…奥山村まで東京から150キロ以上ありますよ。」
「ええ、そうみたいですね。洋は地図買って調べ始めています。」
「しかし…一人でですよね。」
「そうなんです。」
「さすがに…困ったな~。」と、福田さんは思わずつぶやいてしまいました。
言ってから、しまった!と思いました。おばあさんは、とても悲しそうな表情をしたのです。
そして、
「やはり無理ですね。洋はとっても生き生きと準備するもんで、ダメとは言えないでいるんですが。」
福田さんは、「いや、そんなことないですよ。なんとか行けるようにしましょう。」と、思わず言ってしまいました。
とにかく、冬休みまでまだ時間がありますから、少し検討させてください。」
「本当にいいんですか?すみませんです。どうかよろしくお願いします。」
「で、洋君は、奥山村に住みたいとか?」
「はい、自転車で行って、しばらくはあちらで暮らしてもいいかとも言ってます。そして、お父さんと一緒に畑仕事したいともいうんです。」
「そうですか。わかりました。少しお時間をください。村の方々とも相談してみますから 。」
ほかにも何人かのお母さん方からお話がありました。
かえってきった時は、食事の準備や片付けなど、いろいろ手伝ってくれたけれど、3日で元に戻ってしまった。
奥山村のお世話になった方に、お礼状を書きたいのだけれど、住所とお名前を教えてほしい。
お土産にもらった、野菜がとてもおいしかったのだが、別途お金払うので送ってもらえないか。
次のキャンプはいつになるか?
などなどでした。
思い出会は、大盛況に終わりました。
福田さんは最後のあいさつで、
スタッフから急ぎ聞き取きとったお母さん方からの質問に、できる限り答えていきました。
お礼状は、先方に住所を教えていいか確認を取ってから、改めて皆さんに連絡するということ、野菜については、今、通信販売してもらえるよう準備をしていること、そして、次のキャンプについては、来年の夏も必ず開催するということを発表しました。
これはスタッフも聞いていなかったので、サプライズ発表となり、会場全体がウォーっと盛り上がりました。
しかし、ひとしきり盛り上がった後、1人のお母さんが、
「冬休みとか春休みには、開催していただけないでしょうか? うちは、蕎麦屋なもので、年末はひどい有様で、子供にかまってやれないんです。その間預かってもらえるとありがたいのですけど。」
と、発言をしました。
会場は、拍手に包まれます。
夏のキャンプは、事前に予約をしたいというお母さんまで出ました。
しかしさすがに、それらのことに即答することは難しいので、また検討して改めてご連絡します、ということで会を終わりました 。
思い出会の反省会
後で、スタッフたちから話を聞くと、みんなとても評判がよかったということでした、そして驚くべきことに写真の発注枚数が、1000枚を超えていました。
福田さんは、色々考えることがあるなと思いました。
その日の反省会で福田さんは三枝君のことを話しました。
皆は、とれも驚きました。
家庭内暴力など、あまり聞いたことがない時代でした。
伊藤さんが
「それで、三枝君の自転車旅行させてあげるんですか?」
「うん、前向きに検討しようと思う。でも、これは、きっと仕事というか、お金をもらってすることはできないと思うんだ。本人の自発的な活動だからね。」
「そうですよね。」
「俺は、手伝ってあげたいな。」
と、谷口君が言います。
「ありがとう。しかし手伝うとなると、責任の所在とか、保険とか色々出てくると思うんだ。その辺を解決しないといけないと思うんだ。」
「それはそうでしょうけど、それよりも、彼の気持ちを第一に考えてあげたいです。」
「そうだね。」
平野君が、
「わかりました。基本的にはみんな手伝ってあげたいという気持ちだということでいいですか?」
みんなうなずきます。
「よし、だったら伊藤さん、僕と一緒にその保険とか安全対策とかの問題を検討してくれないか? 谷口君と平野君は洋君と会って、計画が実施可能なものになるようアドバイスしてくれないか? それに合わせて、コースを車で実際に走って下見してくれるとありがたい。」
「しかし、その下見や何やかんやにかかる費用はどうしたらいい?」
「実は、今回のキャンプは、奥山村の方々の協力で、経費が相当圧縮されて、黒字が出そうなんです。その残額は、福田さんの稼ぎにしようと思っていたのですが、それを、この三枝プロジェクトに回してはいかがでしょう。」
と、平野君はニンマリと笑った。
みんなは、福田さんを見つめます。福田さんは満面の笑顔を見せて、拍手をしました。みんなもその拍手に合わせて拍手をします。
もう1つ大きな課題がありました。
冬休み、春休みにも、開催するか否かでした。
しかし、借りている会場の時間が迫っていました。
福田さんは、みんなに提案をしました。
「今後勉強会をしたいと思う。その勉強会の中身はリーダーとしてのトレーニングと、これからのキャンプの計画を立てる2つのことを軸に進めていきたい。その場所や時間については、私が色々な人と相談して準備してみんなに連絡することにする。どうだろう。」
みんなは、『わかりました』と、答えて会は終わりかけました。
その時、福田さんが、
「みんな、最後に言っておきたいことがあるんだ。私は先日、奥山村に、今度のキャンプの報告に行ってきました。そして、そこでもお話ししたんですが、私はこのキャンプを仕事にしていくことにしました。」
みんなしんとして、福田さんを見つめています。
「そして、奥山村に移り住んで、この仕事をしていきます。」
しんとしています。
福田さんはどうしたものかとかと戸惑ってしまいました。
すると、平野君が
「実は、谷口から聞いていました。」
「そうだったのか。」
「それで、提案というかお願いがあります。」
「なんだい?」
「私と谷口は、今年大学を卒業します。卒業したら、福田さんがするキャンプの仕事に参加させてほしいと思うのです。」
谷口君が
「よろしくお願いします。」
と、頭を下げます 。