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未定稿小説『奥山村物語』

未定稿小説『奥山村物語』33

2020.6.25

そのようなトレーニングが3回行われました。
しかし、残念なことに3回目の時には、参加する学生の数は減り25人ほどになってしまいました。
去っていった者たちは、このような暮らしについていけないということでした。
3回目の晩に福田さんは学生たちを前に話をしました。
「ここでの暮らしは、今までのキャンプという概念を少し逸脱しているかもしれません。2泊3日のキャンプを終えれば、都会の生活に戻っていく。と、いう感じではなくて、ここでの生活を身につけた結果、都会での生活に変化が起きるというようにしたいのです。もっと言うと、都会での生活よりも、奥山村の生活がいいというような気持ちになってもらいたいのです。全員がそのような気持ちになる必要はありません。ならないでしょう。でも、何人かがそうなることで、都会と、地方の人口の均衡を取り戻す小さな一歩になればと思うのです。人が生きるということを、みんなが考えて、都会での生活も少しだけ変わってくれたらいいなと思うのです。それは、まずみなさんが、そうなってくれなければいけないのです。去っていった彼らを責めることはできません。彼らは、都会の現在の価値観を選んだのです。今ここに残った人達は、その、都会の価値観に少なからず疑問を持ち、考え、生活することに、楽しさと興味を見いだしてくれる人達だと、信じています。」
25人の若者たちから、自然に拍手がおきました。
福田さんは続けます。「それから、今はまだ、この学校はその度ごとに、お借りしているという形であって、私たちのものではありません。キャンプを進めながら、このような活用の仕方でいいか、村の人たちに検証してもらい、本当にいいことだと、確認されて初めて、私たちの占有施設となります。ですから、くれぐれも毎回お借りしているという気持ちを忘れないでください。」
「はい」声が揃います。
まるで運動部だな・・・と福田さんは思わず笑ってしまいました。
翌日は、ハイキングです。
谷口君はまたもや、びっくりするハイキングを用意してありました。
それは、一本の棒をグループごとに持ちます。
そして交差点、T字路、三差路などの曲がり角ごとに、その棒を真ん中で倒して、倒れた方に進むというものです。
決められた時間まで、それを繰り返して進み続けます。
そして、時間になったなら、来た道を戻り始めるのです。
どこをどう曲がったか、どう進んできたかをみんなで記録しながら歩かないと、帰ってこれなくなってしまいます。
と、いう説明をしたあと、谷口君は、いってらっしゃいと、みんなに手を振りました。
グループは全部で6っつ・・・不安な顔をしながらみんなは、おずおずと出発していきます。

しかし、そんな不安な顔は、最初の棒を倒すまででした。
あれ〜こっちか。どこいくんだ〜と、叫びながら、それぞれの道を進んでいきます。
グループには、昨年のキャンプのリーダーをしたスタッフが1人以上入っていましたから、大体の道はわかります。しかし、曲がり角というのは細い道もあります。そんな細い道に向かって棒が倒れれば、知らない道に迷い込んでいってしまいます。
学生たちは、ワクワクドキドキです。
そんな予想もしない道を歩きながら、みんなでその道を覚えたり、メモしたりしながら、歩いていきます。