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未定稿小説『奥山村物語』

未定稿小説『奥山村物語』3

2020.3.8

3日目はテントをたたんで、帰る途中で温泉に入って、帰るのです。


帰りのバスの中では、子供たちばかりでなく、リーダーも先生方も、疲れ果てて眠りにつきます。

バスが、解散場所の市役所の前につくと、お母さんたちが大勢迎えに来ています。

中にはもう泣いてるお母さんもいます。

それを見て子供たちも、ちょっとおセンチになってしまうのです。

たった2泊3日だったのに、お母さんは、もう心配で心配で仕方がなかったようです。

ちゃんとご飯は食べた?

夜は寝れた? 虫には刺されなかった? 風邪はひかなかった?

機関銃のように子供たちを質問攻めにしています。

子供たちは『うんうん』というのが精一杯です。

本当は、いろいろあった出来事や、楽しかったことを話したいのですが、とりあえず、『うんうん』です。

そんな感じの『千代田市子どもキャンプ』は人気があって、100人の募集でしたが、毎年抽選になるぐらい応募者がいました。

料金も安くて、2泊3日、食事代からバス代すべて込々で6000円です。


しかし近年だんだん参加者が減ってきて、今は抽選なしで行けるようになってしまいました。実は教育委員会の人たちが、電話をかけて、子ども達をさそって、何とか100人を維持しているらしいです。

そこで、何か、違う形のキャンプができないだろうかと考えてほしいと松永先生のところに教育委員会の人が相談に来ていたのです。



松永先生の話は大体こんな感じでした。

福田さんは、うなずきながら聞いていましたが。最後に先生に質問をしました。


「先生、この子たちは、年に一度、このキャンプに集まる初対面の子供たちなんですね。」

「そのとおりだよ。一期一会というやつだね。それに、毎年、できるだけ初めての子を優先するようにしているんだ。役所のする事業だから、広く市民にサービスを提供しなきゃいかん。だから、たくさんの子どもたちに経験させるために、初めての子を優先するんだ」

「なるほど~」

「ホームシックになる子どもはどんな様子なのですか?」

「そりゃあ。そんな時は看護婦さんの出番というわけだ。看護用テントがあって、そこで励ますというわけさ。それに、教育委員会の先生方の中には、お母さんもいるからね。」

「キャンプが終わった後に、その子供たちがまた会うということはないのですか?」

「う~ん、それは、ないかな?」

「キャンプの目的はどんなところにあるのでしょう」

「それは…子どもたちのリーダーシップシップ、社会性の育成…だったかな?」

「後、もうひとつ、参加者が減ってきたのは何故なんでしょう?」

「う~ん、いくつかあると思うが、最近は、ディズニーランドだとか、サッカークラブがたくさんできたりだとか、それにテレビゲームがすごい勢いではやったりしているせいかな~。選択肢が増えたというのかな。こちらは何も変わってはいないのだけれど」

「なるほど~、わかりました。ありがとうございました。すごい参考になりました。」

「何か新しいキャンプ、思いつきそうかい?」

「はい。でも、実際に今のキャンプを見学させていただけないですかね。」

「もちろんいいよ。見学するだけじゃなくて、スタッフとして帯同したらどうだい」

「いいんですか?ぜひお願いします」

そんなわけで福田さんは、その夏の千代田市の教育委員会のキャンプを見学すると同時に、新しい教育委員会のキャンプの企画をすることになりました。



陽子さんと福田さんの話

「おひさしぶり~」

約束した喫茶店に福田さんはもう来ていました。


陽子さんは、軽く手を挙げて、挨拶をすると、福田さんも笑顔で、「げんきそうだね」とこたえました。

松永先生と会って数日後、福田さんは陽子さんに連絡を取り、今後の相談をするために会うことにしました。


「節子から聞いたんだけど、仕事辞めるつもりなんだって?」

「ああ、もともと3年で独立しようと考えていたからね。10年は長くいすぎたよ」

「そうなんだ~。で、奥山村で、キャンプの学校するの?仕事辞めちゃって、食べていけるの?」

「おいおいそう立て続けに聞くなよ。それより、松永先生覚えてる?」

「ああ、キャンプの講習会の講師だった?」

「この前、相談に行ったんだ。キャンプの学校やりたいって。それでもって、辞表も出しちゃったって話した。」

「えっ、もう辞表出しちゃったの?!」

「ああ」

「あきれた~。まあ、昔から、思い込んだら一直線だったけどね。」

「まあ、それは置いといて、松永先生のところでさ、千代田市のキャンプの話を聞いてさ、この夏のキャンプを見学させてもらうことにしたんだ。」

「えっ、奥山村でキャンプするんじゃないの? 千代田市のキャンプ見に行ったら、奥山村はどうするの?」

「大丈夫、千代田市子どもキャンプが夏休み始まってすぐに開催されるんだ。それが終わって、1週間ほど準備期間をおいて、お盆前に奥山村キャンプを催そうと思うんだ。」

「なるほど、じゃあ、夏休みに入るまでに奥山村のほうは、準備を済ませておかないといけないわね。」


「それから、千代田市の新しいキャンプの企画を考えろって松永先生に言われてさ~。そのキャンプを奥山村に持っていこうかと思ってるんだ。」

「あら、いいじゃない、ということは、費用も千代田市が出してくれるんでしょう。」

「そりゃそうだろうけど…10何年も歴史のあるキャンプなんだ。ずっと群馬県の嬬恋でやってるキャンプ地を動かすにはそれ相応の理由がいるしね。」

「そっか~」

「でも、考えてみようと思うんだ。」

「そうね。なんか作戦があるの?」

「新代田の子どもキャンプは年に一回なんだ。それに、キャンプだけで、子どもたち人数は、だんだん減ってきてる。そこで、田植えと稲刈りをして、年3回やったらどうかと思うんだ。田植えと稲刈りはもちろんつま恋でもできるけど、キャンプ場の近くには、田んぼはないんだ。」

「やるわね~福田君」

「そうでもないけどね。」

「田植えとか稲刈りのときは、奥山の公民館に泊まるといいわ。節子の旦那の勉さんに頼めばきっと何とかなると思うわよ。田んぼもね。休耕田がいっぱいあるあから。」

「俺もそう思うよ。」

「な~んだ、もう、織り込み済みか。」

「いや陽子ちゃんの話聞いて、心強いよ。」

「寛太をね、田植えの取材のときに連れていったの。その時にね、寛太が、田んぼに入って、汚いって言ったのよ。ちょっとショックだったわ。自分が食べてるお米が育つ田んぼが汚いって…。それに、他のお母さんたちも、そうね~って顔するのよ」

「なるほど、それ、教育委員会の説得材料になるな。」

「そう?よかった。」

こんな、情報交換をしばらくして、福田さんは、すっかり確信をもった顔になって、

「企画書書いてみるから、みてよね。」

「りょうかい!」


2人はそれから数回、いろいろ意見交換をして企画書を作り上げました。


その企画は、

千代田市子どもキャンプ企画書

子供たちが、日本の自然の中で、第2の故郷を手に入れるキャンプ

そこで、リーダ-シップ、社会性を手に入れる。

開催地 奥山村

開催

第1回 田植え説明会

第2回 田植えキャンプ 

第3回 田植えの思い出会+夏キャンプ説明会

第4回 夏休みキャンプ

第5回 夏休みキャンプ思い出会+稲刈りキャンプ説明会

第6回 稲刈りキャンプ

第7回 稲刈りキャンプ思い出会

と、言うようなものだった。


出来上がった、企画書を、福田さんは松永先生に持っていきました。

松永先生も大賛成してくれて、先生経由で、教育委員会に提案してくれました。


しかし、残念なことに、今年度の予算はそれほどなく、どうやりくりしても、1回のキャンプに予算でこれだけの事業を開催するのは難しいということになりました。

しかし、来年度に向けて検討を続けるということになりました。

それと、夏のキャンプの説明会と、思い出会は開催されることになりました。

そして、夏休みのキャンプには福田さんも参加することになったのです。

千代田市子どもキャンプの責任者は松永先生

教育委員会からは桑名さんと山崎さんと原さんが同行します。

そして、育成委員会から7人のおじさんたちが応援に来ます。

リーダーは、公募されますが、育成会の人たちが、それぞれこれと思う子たちに電話をかけて集めているようでした。


さて、そんなメンバーが何回か会議を重ねて、結果として例年通りという計画が完成しました。


道具も、もう何年も使っているテントや飯盒が、教育委員会の倉庫から出されてきて、点検をしました。

福田さんはちょっとショックでした。

松永先生から聞いてはいました、これほどとは。テントのファスナーが壊れているものもいくつかあります。

飯盒の底もべこべこです。

子どたちに貸し出す寝袋は、結構しみがついてしまっています。寝袋用のシーツは使われていないようです。

福田さんが大学卒業後いった海外のキャンプ学校では、きちんとシーツを使っていましたし、テントなどはすでにドームテントでした。

しかし福田さんは今は何も言うことができません。とにかく新参者として、一生懸命お手伝いするだけです。

福田さんの立場は、松永先生のアシスタントという立場でした。



奥山村キャンプ始動

福田さんと陽子さんは、千代田市のキャンプの企画を立てるのと並行して、奥山村キャンプの計画を、本格化させていきました。

福田さんは、母校の大学に行き、学生時代のサークルの後輩に、キャンプの手伝いをしてくれるよう頼み込みました。

と、言うより、先輩風を吹かせて半ば強制的に活動に組み込ませたといってよいのかもしれません。


中身も決めなくてはいけません。

福田さんがその計画の案を作って、陽子さんのところに持ってきました。

それを見て、陽子さんはチョットびっくりしました。

まず、キャンプなのにテントではねないで、公民館に泊ります。

ご飯は作るけれど、おかまとお鍋で作る。これは飯盒とかが無いからの苦肉の策でもありました。

昼間は登山とかはしないで、田舎の子どもたちがするような、川遊びや、昼寝、夜の散歩、そして、畑仕事といった活動が並んでいました。

一番驚いたのは最後の日にあるべきキャンプファイヤーがありません。

この定番の活動の代わりにあったのは、地元の人たちとの食事会でした。

子供たちが食事を作って、地域の人たちを招待するというものです。

今までのキャンプのイメージではないな~と陽子さんは思いました。

「福田君、ちょっとキャンプっぽくないね?」

「アメリカではキャンプのことをセカンドカントリーっていうんだよ。第2のふるさとということだよね。よくよく考えたら、東京や神奈川とか、街の子どもたちはもう、故郷と言えるいなかがないんだよな。陽子さんのように田舎がある人は珍しくなってるんじゃないかな。だから、田舎の体験をしてもらったらいいと思うんだ。そうして、その子供たちがキャンプ地を故郷のように思ったら、そこの自然を大切に思うだろう。そうなれば自然破壊とかも少なくなるだろうし、節子さんみたいに故郷に戻る人もしぜんと増えるんじゃないかと思うんだよね。」

黙って聞いていた陽子さんは、福田さんの話が終わって、小さく拍手しました。

「すごい、福田君。すごくいいコンセプトだわ。」と、大絶賛です。

そして、『ねえ。この奥山村キャンプっていう名前なんだけどさ、奥山村ふるさとキャンプにした方がいいんじゃない。」と、提案しました。

福田さんも、膝を打って、「それがいい!」と、奥山村ふるさとキャンプという名前が決まりました。

「それからさ、」と、陽子さんが続けます。

「この貰い湯っていうのはなに?」

「地元の人たちの家に、お風呂を借りに行くんだ。公民館には風呂がないだろう?」