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コラム『雑記帳』

1983年国際自然大学校設立当初より発刊していた機関誌『OUTFITTER』に寄稿していたコラムです。
現在、機関誌『OUTFITTER』は、廃刊となりましたので、WEBにて、コラムを書き続けています。
現在は月1回、1日に更新しています。

第401号『いかに枯れるかを考える』

2024.9.1



すっぽんとかコラーゲンとか、アンチエイジングの商品が後から後から出てくるようです。
テレビを見ていると、本当にそうなの~?と思いたくなるようなコマーシャルです。
しかし、確かにそのコマーシャルに登場する人達は、とても同世代とは思えないほど若いですね。
人は間違いなくだんだんと年をとるはずなのに、それを薬だか、サプリだか、化粧品だかで、あたかも年をとらないでいられるがごとくです。
しかしそれができるのは、そのサプリにお金を払うことができる人のみです。
もしかして、高齢者にも経済格差が襲っているのでしょうか?

いやいや、このようなアンチエイジングをしている人でも、いつか年齢相応の老化が襲ってくるのではないでしょうか?
それとも、若いまま死ぬのでしょうか?
でも死ぬことは、間違いないのですよね。

畑仕事をしていると、つくづく感じます。
例えば、キュウリ、元気にたくさん実らせてはくれますが、気が付けば、だんだんと葉が枯れてきて、いつの間にか実らなくなり、枯れていきます。
肥料を与えたり、水をあげたりと延命を試みますが、それも一時のことです。
やはり寿命は途絶えます。

そんなキュウリの弦を見た時、感謝するしかありません。
思わず、『ありがとうね』とつぶやいてしまいます。

アンチエイジングのサプリなどは、きっと、水や肥料と同じで、一時の気休めなのかもしれません。ま、それもありかなとは思います。

いかに見事に枯れるかを考えるのも、アンチエイジングのひとつかもしれないと感じています。

そこで、枯れた作物を見て思い当たることがあります。

美しく枯れてきたなと思えるには、その作物の周りが美しく整っていることが結構大事なのです。
今年の我が家の畑は、ちょっと自信があります。
ジャガイモに至っては、枯れたのを見定めて、掘り返すことになります。
その枯れていくジャガイモが、雑草がぼうぼうと茂った中で枯れるのと、きれいな畑で枯れるのでは、そのタイミングを見まごうことはありません。
また、ジャガイモが土から顔を出して緑色にならないように土をかぶせてあげることも、周りがきれいなら、してあげることができます。

そのきれいな畑の中で、見事に作物を実らせ、枯れていく。
その時、周りがきれいなら、際立って、枯れた姿も美しいのです。

即ち作物は、やはりその作物だけでなく、畑全体がきちんと美しく整っていてこそ、なのだと思うのです。

今年の畑はちょっと自信があると申し上げました。
例年ですと、畝と畝の間の草むしりは、耕運機でガ~って耕してしまうのですが…今年は小さいうちに三角ぐわで、丹念に刈り取りました。
これは以前お話ししましたかね。
すると、見違えるほど畑は美しくなります。

畑がきれいだと、自然と作物の手入れも行き届きます。
でもだからと言って、作物が長生きするわけではないのです。
トマトなどは、なぜかうまく実りませんでした。
しかしスイカは、甘くておいしかったです。

周りをきちんと整えることは、大切なことだとつくづく思います。

私たちは、己が身を美しく飾るよりも、身の回りをきちんと整えることを考えたほうがいいのかもしれないということです。
すると、自然に己が身も整ってくるのではないでしょうか。

さて、皆さんはいかがですか?

机の上はきれいですか?
洗濯ものは、きちんとたたんで片付けていますか?
食事を終えた食器が、シンクにたまってはいませんか?
トイレに、さぼったリングなどはできていませんか?
玄関の靴が、あっちむいたりこっち向いたりしていませんか?

あ~…。言っていて、自分のことを振り返ると、穴があったら入りたい気分です。
人のこと、言えませんね。

もっともっと自分の生活を整えないといけないと、畑に教えられた今日です。

畑は、本当にいろいろなことを教えてくれるものだと感じています。